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チエちゃんの「ごめんやす

縁を大切に-かぎ隆三・石川さん

かぎ隆三の焼き菓子

 店を入ると、笑みを絶やさない明るい女将さんが迎えてくれる「かぎ隆三」(京都市左京区)。ここは京菓子屋でも数少ない、焼き菓子専門のお店です。2代目主人の石川秀人さん(55)は元陸上自衛官。全国の駐屯地を回った際、和菓子屋の娘であった妻多喜子さん(54)と出会い結婚しました。幼いころから和菓子づくりの家で育った奥さんを「私よりもずっと経験豊富な『先輩』なんです」と照れながら話すご主人を見ていると、ほんわかした家庭の温かさが伝わってきます。

  かぎ隆三の初代は1940(昭和15)年に百万遍の「かぎや」から独立し、聖護院で菓子卸を営んでいました。1963(昭和38)年に現在の高野の地へ移り、石川さんの代になってから、本格的な焼き菓子専門店として店を構えるようになりました。

陸自出身という石川さん

 陸上自衛隊から突然、和菓子屋の主人へ。どんな気持ちだったのでしょう? 石川さんいわく、実家はサラリーマンをしていたので、最初は菓子屋の白衣が着慣れず、店であいさつするのも恥ずかしかったそうです。外へ出かけるときは、わざわざ白衣を脱いで出かけたとか。

 初代はまじめで優しい、仕事一筋の人でした。石川さんは「絶えず先代に温かく見守られていた」と話します。和菓子について「無」から入ったので、先代がいうとおり「見よう見まね」で素直に従って修業しました。結婚してから菓子作りを始めたため経験も浅く、修業中に先代が亡くなるようなことがあれば、誰にも聞けなくなってしまう、という危機感もあり、教えられたことは必ず大学ノートにメモを取っていたそうです。

 お店一番の看板商品は、焼き菓子でも珍しい丹波つくね芋を使った「そばつくね」です。石川さんは改良を重ねて、焼き菓子のあんを10数種類作るなど、味のバラエティーに工夫しました。季節の表現を、ムラサキイモやエンドウ、黒あめなど素材で作り、自分なりに楽しんでいます。中でも特に思い入れがあるのが、ムラサキイモのあん。これは大丸京都店で初めて菓子を扱ってもらったときに考案したもの。きっかけはこの店の場所が、幕末まで薩摩藩邸跡だったことに始まります。

かぎ隆三の店舗

 実は石川さんは島津家4代目の別家にあたる血筋。新しく取引を始める場所に、薩摩屋敷跡の石碑があるのを見て、「鳥肌がたった」そうです。並々ならぬ「縁」を感じた石川さんは、鹿児島県の農家にムラサキイモの自家栽培を依頼し、そのあんを使った焼き菓子を作り上げ、「京の薩摩屋敷跡」という銘をつけました。

 和菓子屋に生まれ育った私は、菓子職人は体力と辛抱強さがないと続かないしんどい商売だなぁと、常々思っています。石川さんは「縁」を大事にして、一つ一つの仕事を楽しもうとしているように思います。何事にもていねいに取り組み、苦労を苦労と受け止めないご主人の強靭な精神力をかい間見て、私は本物の職人気質を感じました。

 かぎ隆三は、焼き菓子のように素朴でどっしりとしたご主人と、愛想のよい商売上手な女将さんとの二人三脚のお店。菓子だけでなく、ご主人や女将さんに会いに行きたくなるような素敵な和菓子屋さんです。

【メモ】かぎ隆三(かぎりゅうぞう)。京都市左京区高野泉町6-18。日曜休。午前9時-午後7時。電話075-781-8608。

(2005年8月)


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 老舗京菓子店で育った「チエちゃん」が、他の老舗の秘密や伝統に息づく心意気を探訪。菓子職人や店を切り盛りするキーパーソンにインタビューをしました。更新は2006年12月に終了しました。