職住一体、和菓子屋の原風景-中村軒・中村さん
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中村優江さん |
京都の和菓子屋は、大きく2種類に分かれます。上生菓子など「ハレ」の日に用いる和菓子を作る「お菓子屋さん」と、餅(もち)菓子や饅頭(まんじゅう)など普段使いの和菓子を扱う「おまんやさん」です。どちらも昔から京都の暮らしには欠かせません。
京都市西京区桂浅原町にある中村軒は、創業明治16(1883)年のおまんやさん。毎日おくどさん(かまど)に火を入れてあんを焚き上げる、昔ながらの和菓子作りを貫いています。そんな中村軒の職人さんを陰から支えているのが、4代目当主夫人・中村優江(まさこ)さん(58)です。早い人で朝4時半から工場に入る職人たちのために、中村さんは毎朝7時には家族を含めた11人分の朝食を用意して、みんなを迎える日々を送っています。15年前には中学校を卒業してすぐの住み込みの職人さんもいたそうで、食事から洗濯までわが子のようにお世話をしたといいます。
特に中村軒の和菓子作りは、餅を扱う力仕事。親元を離れて働く、17,8歳の育ち盛りの若い職人さんにとっては、お腹のすく作業ばかりです。「せめて食べることぐらいは遠慮しないように」と、中村さんは自分の子どもたちよりも多めにご飯やおかずを盛り付けるように気を配っていたそうです。そのため、当時まだ幼かった子どもたちから「何で職人のお兄ちゃんのは多いの?」と指摘されてしまったこともあったそうですが、中村さんは「大所帯で仕事をするのは、子供たちにとって良い刺激になった」と振り返ります。
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桂にある中村軒 |
中村軒では職人さん、販売員さんたちの他にも、親族のおじさんおばさんたちもが一緒になって、一つ屋根の下で家業の和菓子作りを手伝っています。中村さんは「天国のご先祖さんからみたら、こういう状況を『幸せや』と思ってくれはるんやないかと思うんです」と話してくれました。「一族が団結して、みんなで『家業』を支える、そのことが長い歴史を刻んできた老舗の子孫がすべき、ご先祖への供養である」という思いに至った中村さんを、私は和菓子屋の奥さんとして立派だと感じました。
私も実家が和菓子屋ですが、私たちのような職人家業の家は昔から「職住一体」つまり、家族も生活も家業も一緒のややこしい毎日を送ることが宿命のようなものです。そしてそれを経てこそ、本当の和菓子屋の人間としての自覚と責任感が芽生えてくるものだと聞いて、私は育ってきました。昔は職住一体が当たり前でしたが、現代は仕事と生活とを別々に考えたい人が多いと思いますので、公私の区別ない職住一体の家庭に外から嫁いでくるのは、並々ならぬ辛抱と努力が必要なのではないかと思います。昔ながらに大家族で、みんなで一つの仕事に専念する、そんな中村軒に、私は古きよき和菓子屋の原風景を見た思いがしました。
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突然ですが、「チエちゃんのごめんやす」は今回掲載分が最終回になります。チエちゃんは2005年4月のサイトスタート時から計19回、「京菓子の伝統の中での新しい流れ」を取材・執筆してくれました。実家が京菓子の老舗で、ならではのお話もたくさんありました。育児休暇を終え仕事に復帰、多忙になることもあり連載を終えることになりました。ご愛読ありがとうございました。(バンダナ編集長)
(2006年11月)